大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)4212号 判決

原告 中之島温泉土地株式会社

右代表者代表取締役 九鬼一郎

右訴訟代理人弁護士 豊倉元子

同 樋口庄司

被告 昭和興成株式会社

右代表者代表取締役 大庭慎一郎

右訴訟代理人弁護士 池田真規

主文

一、被告は原告に対し、別紙第一目録記載の債券および添付利札を引渡せ。もし右引渡の強制執行が不能のときは、被告は原告に対し金二九九〇万円およびこれに対する右強制執行が不能となった翌日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

《省略》

理由

一、原告は旅館業等を営む株式会社であること、被告は損害保険代理等を業とする株式会社で大阪市南区に大阪支店を有していたことおよび訴外石井清が昭和四四年七月ころ被告会社大阪営業所長に在任していたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、右営業所の代わりに昭和四五年七月一日被告会社に大阪支店が設置されるとともに石井は同支店長に就任したことが認められる。

二、ところで、原告は被告との間で締結した継続的金銭消費貸借契約の合意解除に基づき別紙第一目録記載の債券および添付利札の返還等を請求するところ、被告は右契約は原告と石井個人との間の取引であって被告は無関係であると主張し、かつ右契約の成立を裏付ける金銭消費貸借契約書等が作成された事実も認められないので、まずこの点について考えるに、《証拠省略》によると、石井は昭和四四年六、七月ころ原告会社経理課長長谷川の融資の要請に応じて同年七月二三日原告から被告宛の借入申込書を徴したうえ、原告との間で原告所有の債券、添付利札を担保にして手形貸付の方法により金三、五〇〇万円の限度で貸付けることに合意したこと、そして石井は七月二五日ころ原告所有の別紙第一目録記載(4)(5)(7)および第二目録記載(8)、(10)ないし(12)の債券、添付利札(以下単に本件(4)、(5)……の債券類という)を預かり、同日長谷川に対して被告会社大阪営業所長石井清名義の担保品預り証を作成交付したこと、右預り証には右債券類の他に本件(1)ないし(3)、(9)の債券類をも預かる旨の記載があるが、現実には石井は、同人の斡旋により原告が右債券類を担保として富士火災海上保険株式会社より借入れた一、〇〇〇万円を返済した同年一二月二四日、富士火災から右(1)ないし(3)、(9)の債券類の返還を受けたこと、石井は原告の了解の下にこれをも原告の被告からの借入金の担保とする目的で原告に戻さずそのまま保管したこと、さらに原告は昭和四五年六月一五日ころ石井に対して七〇〇万円の借入金の担保として本件(6)の債券を交付し、石井は原告に対し同日付で被告会社大阪営業所長石井清名義の担保品預り証を作成交付したこと、そして原告は、昭和四四年七月三〇日から翌四五年一二月二五日までの間七回にわたり手形借入の方法により別紙借入金明細表のとおり累計六、八〇〇万円を借り入れたこと(そのうち同明細表(6)(7)の借入については被告の依頼により紀陽銀行勝浦支店にある原告の銀行口座に振り込まれたこと)、原告は右借入の都度、各借入日を振出日とし借入金の弁済期を支払日、借入金額を手形金額とする被告ないしは被告会社大阪支店または同支店長石井清宛の約束手形を振り出し、石井に交付したことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によると、石井に代理権があったかどうかはともかくとして、石井は被告の代理人名義をもって原告との間で本件(1)ないし(12)の債券類を根譲渡担保とする継続的金銭消費貸借契約を締結したものというべきである。

もっとも前掲各証拠によると原告の前記借入金は被告からではなく石井の知人四名から出たものであって、本件債券類も借入金額に応じて石井から右四名に交付されたこと、被告代表者は原告との間の右消費貸借契約について何ら関与するところなく、前記担保品預り証には被告会社代表者印は押捺されていないこと、被告代表者は昭和四六年五月ころ始めて右の契約を知るに至ったこと等もまた認められるけれども、以上の事実をもってしても前記契約が原告と石井個人の間でされたことの証拠とはならないし、前記認定を妨げることもできない。また《証拠省略》には、本件貸借について被告は関係がなく、石井個人と原告との契約であったような記載があり、証人石井清も同旨の供述をしているが、《証拠省略》が被告本社からの照会に対し石井にたのまれて作成されたものであることや右証言に対比してたやすく採用することはできない。

三、そこで、次に石井が被告会社大阪営業所長ないしは大阪支店長として被告を代理して原告との間で本件金銭消費貸借契約を締結し、本件債券類を預かる権限があったかどうかについて考えるに、本件全証拠に照らすも石井が被告から右のような権限を付与されたことを認めるに足りる証拠はない。

ところで原告は、被告は商法四二条の規定により本件契約の責任を負わなければならないと主張するところ、《証拠省略》によると、被告は東京都港区芝琴平町一番地に本店を有し、損害保険代理業、不動産の管理売買等とその仲介、鉄鋼原料・製品や農産物、木材あるいは各種機械類等の輸出入と国内販売、手形の売買および金銭の貸付ならびにその仲介等を目的とする資本金三、六〇〇万円の株式会社であること、被告は昭和二九年設立当初保険代理業とともに金融業も営んでいたが、金融業部門の失敗により昭和四二年以降事実上金融業を行なわず、昭和四四、五年当時被告の業務は不動産業部、保険代理業部および海外事業部に分かれていたこと、そして営業種目の眼目である保険代理業部門においては、従来訴外株式会社日本不動産銀行(以下訴外銀行という)の融資物件にかかる保険業務を専属的に営業していたこと、そのため被告には昭和四四、五年ころ訴外銀行支店の所在する大阪、名古屋、福岡他三ヶ所に営業所が設けられていたこと、大阪営業所は昭和三二年ころ大阪市南区所在の訴外銀行大阪支店内に一室に設置され、所員は石井所長以下四、五名の規模であったこと、そして同営業所は他の営業所と同様に被告本店とは別に大蔵省に被告会社大阪代理店として登録し、保険契約の締結、契約異動の受付処理、保険料の徴収、返戻、清算、保険金の支払、保険証券、保険契約書の交付その他保険契約の維持、拡大に必要な業務等を行なっていたが、営業所の人件費や一般経費は被告本店から前払いを受け、接待費や管外への出張費につき本店へ稟議書を出す等経理関係について本店の監督を受けていた他、被告は各営業所に契約日報、保険料預貯金報告書を提出させて本店備付の帳簿類に記載する等の監督を行っていたこと、大阪営業所は昭和四五年六月ころ廃止され、これに伴ない同年七月一日大阪支店設置の登記がされたこと、被告は、訴外銀行との話し合いにより昭和四六年八月保険代理業部門の営業を廃止し、その業務を同年四月設立した東京都千代田区に本店を有する九段エージェンシー株式会社に承継させたこと、これに伴ない被告は、定款の事業目的から手形の売買および金銭の貸付ならびにその仲介や損害保険代理を削除したうえ、大阪支店を廃止し、九月一四日その旨登記をしたことが認められる。

右認定事実によると、大阪営業所は保険代理店としては独立していたものの、被告の営む業務のうち保険代理業のみの営業所であるうえ、その業務は訴外銀行関係の物件についての保険契約に限られ、被告本店から右業務につき相当具体的な指示監督を受けており、他に同営業所の経理の独立や所員の任免権等本店から独立して営業をなしうるような実体を備えていなかったことを窺い知ることができるのであって、これに加えて本店でも金銭貸付業は事業実上廃止されていたことや大阪営業所の規模および人員構成等の事実をも考慮すると、同営業所を目して被告の支店たる実体を備えたものとはいいがたく、従って同営業所長石井を商法四二条にいわゆる表見支配人に該当すると認定し、同法三八条を適用して被告に前記契約の責任を問うことはできない。仮に表見支配人に該当するとしてもその権限は当該支店における保険代理業に関する行為をなす権限に限られ、顧客に対して数千万円にのぼる融資をなし、その担保として数千万円もの債券類を預かるようなことは明らかにその営業に関しない権限外の行為というべきであるから、このような行為につき石井が代理権を有するものとは解せられない。

四、石井が大阪営業所長としてその担当業務につき被告に代って保険契約を締結し保険料を徴収、返戻する等の権限を付与されていたこと、従って石井が原告との間で本件契約をしたことはその代理権限を超えてしたものであることは前に認定したとおりであるが、石井の右行為を民法一一〇条の表見代理行為と認めることができるかどうかについてさらに判断するに、原告が本件契約の際石井に右契約をする代理権限があるものと信じていたことは証人長谷川の証言により認められるので、原告がそう信じるにつき正当の理由があったか否かについて検討する。

《証拠省略》を総合すると、原告は、訴外銀行が原告に対し原告所有の不動産を担保として多額の貸付金を有し、大阪営業所が同銀行の融資物件の火災保険契約を取り扱っていたことから、昭和四〇年一月ころ被告と保険契約の取引を開始したこと、大阪営業所はそのころから昭和四六年四月ころまで各保険会社の代理店として原告との間で原告所有の不動産につき相当多数の保険契約を締結したこと、原告は昭和四二年一一月三〇日その旅館がプロパンガス爆発事故にあい復旧工事費用の必要を生じたが、火災保険金が支払われなかったため石井外一名等に借入の斡旋を依頼したところ、同人の紹介により同年一二月二七日被告と代理店委託契約を結んでいる日産火災海上保険株式会社との間で訴外銀行利付債券額面合計九〇〇万円を質入れして金七二〇万円を借り入れたこと、その際石井は代理店収入の増加を図る目的で右斡旋を行ない、右借入の条件として右日産火災と新規に保険契約を結びかつ被告の代理店取扱高を引き上げることが原告との間で合意されたこと、右借入の結果現実に前同日日産火災との間で新規に一億五〇〇万円の保険契約が結ばれ、被告の代理店取扱高比率が増加したこと、原告は、同様に石井の斡旋によって従来取引のなかった日新火災から昭和四三年一月三一日、又富士火災から同年一二月二五日、訴外銀行利付債券を質入してそれぞれ金一、〇〇〇万円を借り入れたが、その際にも各貸主である保険会社との契約高および被告の代理店取扱高比率の増加がみられたこと、そして富士火災は右貸付に際し保険代理店の斡旋であるところから直接原告と交渉することなく、石井との間で貸付額や利息、弁済期等全般にわたり交渉、決定し、同社が翌四四年一二月二四日担保品の債券類を石井に返還した際には、石井から被告会社のゴム印、角印および営業所長印のある領収書を受領したこと、その後も原告は引き続き石井に借入の斡旋を依頼していたが、適当な借入先がなかったことから、石井が本社である被告会社に融資を依頼するというので、同年六月ころ被告会社宛に借入申込書を作成し、石井に担保として前記債券類を預け、石井から被告会社大阪営業所長名義の担保品預り証の交付を受け、被告会社ないしは大阪支店長石井清宛に約束手形を振出して融資を受けたこと、被告は従前保険業務拡張のため顧客の依頼に応じて保険会社からの借入の斡旋をすることがあったが、各営業所には右斡旋は余りさせなかったこと、しかし石井は自己の代理店増収のため原告だけでなく一般の会社に対しても融資の斡旋をしたことがあり、これに対して被告が禁止などの措置をとった形跡は窺えないこと、そして現実に石井の融資斡旋の結果原告と日産火災外二社等との間に成立した保険契約については被告の代理店取扱高比率は著しく増加していること、を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。これに反し原告が石井に金銭の貸付ならびにその仲介の権限がないことを知っていたことを認めるに足りる証拠はない。原告は本件契約を結ぶに当たり直接被告本店に問い合わせたり石井の権限を確認する等の措置をとってはいないが、以上認定の事実その他諸般の事情を総合的に考察するときは、原告には本件契約を締結するに当たり石井が被告の代理人であると信じるにつき正当の理由があるものと言わなければならない。

五、原告は被告から前記各借入金について別紙借入金明細表の返済年月日欄記載のとおり返済し、最終返済日の昭和四六年五月三一日には被告との間で本件契約を合意解除し、本件(1)ないし(12)の債券類の返還を石井に請求したところ、同人は右(8)ないし(12)の債券類の返還に代えてそのころ額面二、〇〇〇万円の約束手形および現金五〇〇万円を支払ったことは、《証拠省略》により認められるので、被告は民法一一〇条により原告に対し本件(1)ないし(7)の債券類を引き渡すべき義務があるというべきである。

なお、原告は被告に対し右引渡の強制執行が不能のときは、金二、九九〇万円およびこれに対する昭和四六年六月一日以降支払ずみまでの遅延損害金を求めているところ、右のいわゆる予備的代償請求の場合の損害金は、執行不能となった翌日以降に限って相当であると解すべきであるからそれ以前の分については理由がない。

六、以上の事実によれば、原告の本訴請求は本件(1)ないし(7)の債券類の引渡および強制執行不能のときに金二、九九〇万円とこれに対する執行不能の翌日から支払ずみまでの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本勝美 裁判官 将積良子 古川順一)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例